東京地方裁判所 昭和26年(ワ)5763号 判決
原告 沢辺正徳
被告 株式会社東殖
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告会社が昭和二十六年九月十七日開催した臨時株主総会においてなした、『商法改正に伴う定款変更の決議』及び『被告会社を解散し、清算人に春田定雄を選任する』旨の決議はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決をもとめ、その請求の原因として、「
一 被告会社は昭和二十六年九月十七日東京都台東区上大門町二番地ノ一東京殖産無尽株式会社において臨時株主総会を開催し、右総会において請求の趣旨掲記の決議がなされた(以下単に本件総会又は本件決議という)。
二 しかし、本件決議の方法には株主の議決権を不当に制限した瑕疵がある。すなわち、訴外藤木ハツ、同小倉金男、同杉本条夫は各々一万三千株を有する被告会社の株主であるにも拘わらず、本件総会に先立ち、被告会社の株主名簿上右三名の訴外人は各々二千株を有するに過ぎない旨改竄されていた為本件総会においては右株主名簿に基き訴外人等は不法にも各々二千株についてのみしか議決権の行使を許されなかつたのである。
三 従つて本件決議は取消を免れないものであるから、原告は、本件総会当時被告会社の取締役であつた地位にもとずいてこれが取消をもとめる。
」とのべ、被告の(一)の主張に対し、「
原告が被告主張の如く昭和二十六年七月三十一日付で辞表を提出したことは認める。しかし、右は原告外三名の当時の被告会社の取締役全員が同時に辞任するということであつたので提出したものであつて、原告のみ単独に辞任することは全く予期しなかつたところであるから、その後原告を除く他の取締役は辞任しないこととなつた以上右辞表の提出による辞任の意思表示はその要素に錯誤があり無効である。然らずとしても、原告の右意思表示に対してはその後開催された被告会社の株主総会において承認を与えていないから原告辞任の効果は生じない。
」とのべた。
被告代理人は主文第一項と同旨の判決をもとめ、請求原因事実に対し、「
(一) 原告は昭和二十六年七月三十一日付で辞表を提出して被告会社に対し辞任の意思表示をし本件総会当時被告会社の取締役ではなかつたから、本訴につき正当な当事者たるの適格を有しない。
(二) 請求原因一の事実は認める。
(三) 請求原因二の事実につき、原告主張の訴外藤木ハツ外二名は従前原告主張の通り各々一万三千株を有する株主であつたが、昭和二十六年五月三十日何れもその所有株式一万千株につき名義書換をし、現在の所有株式数は各々二千株となつたのであるから、これにそう株主名簿の記載は正当であつて、本件総会の決議の方法には何等瑕疵が存しない。
」とのべた。
<立証省略>
三、理 由
本訴中には被告会社の解散及びこれに伴う清算人選任の決議の取消を求めるものがあつて、若し原告勝訴の場合には決議当時の取締役は当然その地位を回復することとなるわけであるから、かかる取締役は、本訴につき原告たる適格を有する次第である。さて原告がかかる意味において本訴につき正当な当事者たる適格を有するか否か、即ち本件総会の決議当時取締役であつたかどうかが第一の争点であるので、先ずこの点を判断する。
成立に争のない乙第一号証、証人松本正平の証言及び原告の本人訊問の結果を綜合すると次の事実が認められる。
原告は昭和二十五年中被告会社の取締役となり、昭和二十六年六、七月頃は同会社の名古屋支店長を兼ねていたところ、その頃新に東京殖産無尽株式会社が設立され、被告会社は早急に整理する必要上右会社に業務を管理されている等の事情があつたため、当時被告会社の取締役であつた訴外岡本順之助、同藤木寿雄及び原告等はその頃、このような事情の下に取締役として止まることを厭い、これを辞任したい意向を一致していだくに到つた。原告はその頃、右岡本、藤木等の右のような意向を知り、且つ、同人等はすでに代表取締役であつた訴外松本正平に辞表を提出しその処置を同人に一任していることを聞き、同年七月末頃、同様の趣旨の下にその処置を一任して右松本に対し辞表を提出した。ところが松本は同年七月三十一日、他の取締役についてはその手続をとらないまま原告についてのみ右辞表によつて辞任の手続をとつたので、爾来原告は被告会社の勤務から離れ、取締役の報酬及び取締役会の招集通知を受けないこととなつたものである。
このような次第であつてこれに反する証拠はない。
ところで取締役は何時でも会社(代表取締役)に対する一方的意思表示(辞表の提出という形式でなされるのを常とする。)によつて辞任することができ、右意思表示は会社の権限ある者に到達した以上会社乃至株主総会の承認を要することなく、直ちにその効果を生ずるものであるが、本件のように、各取締役が代表取締役に対し、その処置を一任して辞表を提出したような場合には、その辞任の意思表示の効果の発生を代表取締役の意思にかからしめたものと解するのを相当とする。従つて右認定のような事情の下に原告が松本に対し、辞表の提出により、辞任の意思表示をした以上その後特段の事情のない限り、松本の意思により辞任の結果を生ぜしめ得るわけであるから、原告は右認定の通り昭和二十六年七月三十一日に辞任したものと言わなければならない。
原告は、原告が辞表の提出により辞任の意思表示をしたのは当時の被告会社の全取締役が同時に辞任するということであつたことに基くものであつて、原告のみ単独に辞任することは全く予期しなかつたところであるから、右意思表示は結局その要素に錯誤があり無効であると主張する。しかし、原告が辞表の提出により辞任の意思表示をするに至つた事情はすでに認定した通りであつて、他の取締役全員と同時に辞任するということを特に右辞任の意思表示の要素としたことを認めるに足る証拠がないから原告の主張は失当である。
してみれば、原告は昭和二十六年七月三十一日辞任し本件総会の決議当時すでに取締役でなかつたことが明かであるから、原告は本件定款変更決議、解散及び清算人選任決議の取消をもとめるにつき正当な原告たるの適格を有しないものと言わなくてはならない。
よつて原告の請求は更に判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 小川善吉 岡田辰雄 川上泉)